漫画「ONE PIECE」で、ルフィがエネルの雷をくらっても平気だった空島編の名シーン。「でも本当にゴムって雷を防げるの?」と、理系心がムズムズした方も多いはずです。この記事では、ゴム絶縁を生業にしているメーカー目線で、ルフィの“ゴム体質”を現実の電気工学からゆるくガチ検証します。「1億ボルトに耐えたゴム」がもし現実にあったらどんな物質なのか、そして実際の絶縁手袋はどこまで電気を防げるのか、数字ベースで見ていきましょう。
ゴムは本当に電気を通さないのか?
まず前提として、「ゴムは電気を通さない」は大きく見て正しい理解です。天然ゴムや多くの合成ゴムは、電子が動きにくい構造をしており、体積抵抗率はおおむね10¹⁴〜10¹⁶Ω・cmと非常に高い値になります。これは水や人体とは桁違いで、日常レベルの電圧(数百ボルト)であれば、ゴムは優秀な絶縁体として機能します。実際、絶縁手袋・絶縁シート・絶縁長靴といった保護具にゴムが使われているのも、この高い電気抵抗のおかげです。
一方で、絶縁体といえども「どんな電圧でも完全に電気を通さない」わけではありません。ある限界を超えた電界の強さになると、内部で電子が一気に走り出し、絶縁体そのものが壊れてしまう現象が起きます。これが「絶縁破壊」です。つまりゴムは“普通の電圧にはとても強いが、無限に強いわけではない”というのが出発点になります。
雷とエネルの「1億ボルト」を現実の電圧で比べてみる

現実の雷とエネルの技はどのくらいのスケール?
現実の落雷の電圧は、場所や条件にもよりますが、おおよそ数千万〜1億ボルト(10⁷〜10⁸V)程度とされています。
一方、空島編で登場したエネルの悪魔の実「ゴロゴロの実」は、作中の設定として最大2億ボルトまで電圧を操れると説明され、その途中の技として1億ボルトの雷撃をルフィに叩き込んでいます。
ざっくり言えば、
- 現実の雷:数千万〜1億Vクラス
- エネルの雷:〜2億Vクラス(設定上)
なので、エネルの攻撃は「実在の雷の上限〜それ以上」という、とんでもないスケール感です。このクラスの高電圧は、工業用のどんな絶縁手袋も本来の守備範囲を完全に超えています。
1億ボルトに耐えるゴムは、どれくらい分厚い必要がある?
では、「現実のゴムが1億ボルトに耐えるとしたら?」を、すごくラフに計算してみます。
絶縁体がどれくらいの電界まで耐えられるかを表す指標を「絶縁破壊強度」と呼びます。天然ゴムや合成ゴムの場合、条件にもよりますが、だいたい10〜20kV/mm(1mmあたり1〜2万ボルト)程度とされています。
仮に「10kV/mm」で計算すると、1億ボルト(=100,000,000V)に耐えようとすると必要な厚さdは、
- d = 電圧 ÷ 電界強度 ≒ 100,000,000V ÷ 10,000V/mm = 10,000mm
つまり10メートル分のゴムの厚みがあって、ようやく理論上は絶縁破壊をギリギリ回避できるレベル、という計算になります。もちろんこれは単純化した机上計算ですが、
- 「ルフィの体が全身ゴムだから、1億ボルトでも平気」は
→ 現実世界では10m級の巨大ゴム塊レベルの話
と言えるわけです。人が着ける絶縁手袋が1〜2mm厚なのと比べると、いかに体厚に対してルフィの絶縁能力が高いのがわかります。
現実の絶縁ゴムと絶縁手袋の電気耐力はどこまで?
規格が決める「使っていい電圧」と「試験電圧」
現実の絶縁用ゴム手袋は、感覚ではなく規格(JIS)と法律で厳しく管理されています。日本では JIS T8112 という規格があり、例えばこんな区分が決められています。
| クラス | 最大使用電圧(AC) | 試験電圧(AC・1分間) | 主な用途のイメージ |
|---|---|---|---|
| J00 | 300 V以下 | 1,000 V | 低圧配電盤、制御盤 |
| J0 | 600 V以下 | 3,000 V | 一般電気工事、工場設備 |
| J01 | 3,500 V以下 | 12,000 V | 中圧電路、インバータ回路、EV・太陽光設備など |
| J1 | 7,000 V以下 | 20,000 V | 高圧受電設備、キュービクル内作業 |
ここでポイントなのは、
- 「最大使用電圧」…実際の現場で使ってよい上限(余裕を見た値)
- 「試験電圧」…それよりはるかに高い電圧を1分間かけて、異常が出ないか検査
という構造になっていることです。
たとえばJ1クラスなら、7,000Vの現場で使うために、20,000Vを1分間かけて“余裕があること”を確認している、というイメージです。
20,000V試験だからと言って、20,000Vで必ず壊れるわけではない
よく誤解されがちですが、「20,000Vの試験に合格=20,000Vを超えたら即アウト」という意味ではありません。渡部工業の高圧ゴム手袋の実際の破壊電圧は(新品の場合)もう少し高いところにあります。
ただし、規格上は「ここまで試験しています」という保証のラインが20,000Vであり、それより上は“安全側の保証が取れていない世界”です。雷のような数千万〜1億ボルト級になると、そもそも試験対象の外、と考えるのが正しい捉え方になります。
ルフィのゴム体質はどこまで科学的にアリなのか?

「ゴムは電気を通しにくい」という点ではかなりリアル
「ルフィはゴムだから電気が効かない」という、理屈の向き自体は間違っていません。
- 人間の体:水分と電解質を含み、電気をよく通す
- ゴム:電子が動きにくく、電気抵抗が非常に高い
という対比は現実と同じで、絶縁体の代表としてゴムが出てくるのは、物理的に自然な発想です。現実の絶縁手袋や絶縁シートも、基本的にはこの性質を利用して作られています。
また、ルフィがエネルの攻撃に対して「しびれない」「よろけない」「心臓が止まらない」といった反応を見せるのも、「電流が体内にほとんど流れていないならあり得る振る舞い」として、原理的には筋が通っています。
ゴムなら雷クラスを“人間サイズ”で受け止めきれるのか?
とはいえ、1億ボルトの雷撃を、人間サイズの体の“ゴムだけ”で受け止めるのは、現実的にはまず不可能です。
- 電圧が高すぎて、途中の空気もゴムもまとめて絶縁破壊
- 体の表面だけでなく周囲の空間で放電路ができてしまう
- 熱エネルギーも莫大で、物理的な破壊・熱損傷が避けられない
といった要素を考えれば、現実世界の材料・物理法則では、ルフィの体は実現不可能です。
なので
- 雷人間の能力で作った“能力としての雷”は、現実の雷とは性質やエネルギー分布が違うのかも
- 素材としての耐力に加えて、ルフィの戦闘能力・覇気・精神力が加わって絶縁性能を形成しているのかも
と脳内補完しつつ、想像力の翼を広げながら読むのが、理系としての「ONE PIECE」の楽しみ方、かもしれません。
もしルフィ級のゴムが実在したら?メーカー目線で妄想してみる
最後に、少しだけメーカー目線の“立ち話”を。
もし現実に、「1億ボルト級の電圧を人間サイズで受けても絶縁破壊しないゴム」が存在したとしたら──
- 絶縁破壊強度は、今の工業用ゴムの何千〜何万倍
- 気中放電も寄せつけないレベルの超高絶縁
- 宇宙線やプラズマ環境でも平然としていそう
そんな宇宙最強クラスの絶縁材料が誕生することになります。
これを使って絶縁手袋を作れば、どんな高電圧設備でも「とりあえずルフィ手袋をはめておけばOK」みたいな、夢のような世界が広がるはずです。
ただし、その原料は懸賞金30億ベリーの“麦わらの一味”船長の体。
材料調達コストを考えると、販売価格はとんでもない額になりそうです。
現実のゴムはさすがにそこまで万能ではありませんが、「電気を通しにくい」という基本性能のおかげで、絶縁手袋やシートとして私たちの安全を確かに守ってくれています。ルフィとエネルのバトルをきっかけに、そんなゴムの電気的な側面に少し興味を持ってもらえたなら、絶縁メーカーとしてはとても嬉しいところです。


